チョクリツフドウ




 直 立 不 動






真っ直ぐに立ち、じっとして動かないこと。身分の高い人を前にするときの姿勢。



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三島霜川「解剖室」に用例がある。
《彼の傍には、人體の模造――と謂ツても、筋肉と動靜脈とを示せる爲に出來た等身の模造が、大きな硝子の箱の中に入ツて、少し體を斜にせられて突ツ立ツてゐる。それで其の飛出した眼球が風早を睨付けてゐるやうに見える。此の眞ツ赤な人體の模造と駢んで、綺麗に眞ツ白に洒された骸骨が巧く直立不動の姿勢になツてゐる。そして正面の窓の上には、醫聖ヒポクラテスの畫像が掲げてあツた。其の畫像が、光線の具合で、妙に淋しく陰氣に見えて、恰で幽靈かと思はれる。天氣の故か、室は嫌に薄暗い。雪は、窓を掠めて、サラ/\、サラ/\と微な音を立てる……辛うじて心で聞取れるやうな寂な響であツた。》
解剖室の独特な雰囲気を出すために「直立不動」の骸骨が一役買っている。



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芥川龍之介「将軍」にも用例がある。



《「お前も大元気にやってくれ。」
 こう云われた堀尾一等卒は、全身の筋肉が硬化したように、直立不動の姿勢になった。幅の広い肩、大きな手、頬骨の高い赭ら顔。――そう云う彼の特色は、少くともこの老将軍には、帝国軍人の模範らしい、好印象を与えた容子だった。》



「直立不動」と言えば、やはり軍隊のイメージが拭えない。



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竹山道雄ビルマの竪琴』の用例は、最も感動的な一場面として知られていよう。
《やがて彼は襟を正して、直立不動の姿勢をとって、それにむかって長い挙手の礼をしました。》
ここは「直立不動」以外の語であってはならない。



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太宰治「虚構の春」には、次の用例もある。
《高橋君は、すぐ編輯長に呼ばれて、三時間、直立不動の姿勢でもって、説教きかされ、お説教中、五たび、六たび、編輯長をその場で殺そうと決意したそうでございます。とうとう仕舞いには、卒倒、おびただしき鼻血。私たち、なんにも申し合わせなかったのに、そのあくる日、二人の給仕は例外、ほかの社員ことごとく、辞表をしたためて持って来ていたのでございます。》
会社勤めをする人は、上司を前に「直立不動」の姿勢を余儀なくされた。



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森山啓『谷間の女たち』の用例も最後に引く。
《とにかく僕はその朝も、クラスの最前列に、級長の面目にかけて直立不動の姿勢をとっていた。まだ朝礼がはじまっていないのだから、そう鯱張る必要がないのだ。が、そこが僕の生真面目なところで、もう先生も二、三人、目の前に立っていたから、敬意を表して姿勢を十分に正していたのだ。いったい僕は、陰でも教師たちをアダ名で呼んだためしがなく、どの教師についても一言半句の悪口さえ口にしないという、徹底した尊敬を教師たちに払っていた。僕は、橋本左内を本気で景慕するようになっていた。》



このあとPという上級生に嫌がらせをされるわけだが、昔の学校の級長などにも「直立不動」の姿勢はよく出てくる。実際、この用例の前後にも「直立不動」という四字熟語が多用されている。



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蛇足。「直立不動」は決して基本的、あるいは普遍的な姿勢ではない。他者に強いられているという意味で歴史的かつ特殊な姿勢である。だからこそ、研究する甲斐もあると私は感じている。