ウトソウソウ




 烏 兎 匆 匆






「古人は烏兎匆々と言った。月日のたつのが早いことを嘆じたのである。」とは、山本夏彦「変痴気論」による。



年老いて「月日が過ぎるのは早い」と慨嘆する表現は他にもたくさんある。四字熟語ならば「烏兎走過」「烏飛兎走」「兎走烏飛」「露往霜来」というのがあるし、四字熟語を離れれば「光陰箭の如し」「駟(白駒)の隙を過ぐる如し」といった表現もある。



「烏兎」とは「カラス」と「うさぎ」の意だが、なぜ「カラス」と「うさぎ」かというと、古代中国の言い伝えでは太陽には三本足のカラス(金烏)が住んでおり、月にはうさぎ(玉兎)が住んでいたということで、そこから月日の意味で「烏兎」と言うのである。「匆匆」は「忽忽」とも書くが、急ぐさま、慌ただしいさまを表す。



江戸の漢詩人・大窪詩仏の『西遊詩草』という書物のなかに「乗輿」という律詩がある。ここではその尾聯を引く。
《 莫将行暦紀行路 (行暦をもつて行路を紀すこと莫かれ)
  烏兎匆匆両転車 (烏兎匆匆 両転車) 》
歳月とは金烏と玉兎の両輪が慌ただしく回転するものであるから、トラベル・メモは追いつかない。



中江兆民「兆民文集」にも用例がある。
烏兎匆々本年議会の蓋明けも追々来れり》



あるいは、最近の例。



   我にのみ烏兎匆々の年逝けり  関戸一正



通常は、歳月は皆に等しく走過してゆくものであるはずだが、この人には特別の事情があるのかもしれない。その事情がどのようなものかを想像させながら、深い時間の淵に突き落とされた浦島太郎のような悲哀を追尋させられる。