シンピネツゾウ




 神 秘 捏 造






権威ありげな科学や宗教の言葉を適当にパッチワークして、意味を恣意的にぼかすことを「神秘捏造」という。ただし、この四字熟語はどの辞書にも載っていない。



この四字熟語の用例は、太宰治に2件。「兄たち」や「女人訓戒」に出てくる。それ以外に用例があるかどうかは、寡聞にして知らない。
《兄は、いつでも、無邪気に人を、かつぎます。まったく油断が、できないのです。ミステフィカシオンが、フランスのプレッシュウたちの、お道楽の一つであったそうですから、兄にも、やっぱり、この神秘捏造の悪癖が、争われなかったのであろうと思います。》(「兄たち」)
《以上が先生の文章なのであるが、こうして書き写してみると、なんだか、ところどころ先生のたくみな神秘捏造も加味されて在るような気がせぬでもない。豚の眼が、最も人間の眼に近似しているなどは、どうも、あまり痛快すぎる。》(「女人訓戒」)



「兄たち」では「ミスティフィカシオン」の言い換えで「神秘捏造」が出てくるし、「女人訓戒」でも実際は「ミスティフィカシオン」のルビが振ってある。「ミスティフィカシオン」はフランス語で、英語だったら「ミスティフィケーション」だ。「ミス」は神話という意味であるから神話化という意味である。



神秘主義」と「神秘捏造主義」とでは意味が違う。「神秘捏造主義」の方は「捏造」という日本語のニュアンスが効き、偽科学批判や偽宗教批判の意味合いが強く感じられるから、なかなかの四字熟語だと思うのだが、使用例が少なく、寡聞にも太宰治の例しか知らない。フランス語関係の書籍には出てくる翻訳語なのだろうか。



「女人訓戒」というのは、一言で言えば、辰野隆仏蘭西文学の話」(眼の見えない女性に兎の眼を切眼したら、眼が見えるようになったけれど、猟夫を見たら逃げ出してしまう)の書き換えなのだが、私には太宰自身も神秘捏造主義的な人だと思っているから、この一篇、巧いなと思う反面、疑問を覚えてしまうところも少なからずある。



太宰が生きていて、神秘捏造主義者呼ばわりしようものなら烈火のごとく怒るか、哀しそうな顔をするかのどちらかだろうが、私個人は太宰は神秘捏造主義者だろうと思う。上手く言えないが、よい意味でも、悪い意味でも。